山にある神社と寺の違い

今回はちょっと変わった話をします。

「山寺」

「山にある神社や社、祠、鳥居など」

の違いをご存知でしょうか?

すべてがそうではないのですが、

一般的に、

神社系の何かは、

「やばい場所」

にあり、

お寺は、

「安全な場所」

にあります。

神道は(教ではなく道なんです)

日本の土着の信仰で多神教なので、

基本まつられるのは

「怖いもの、やばいもの」

が多いのです。

そのほかは比較的世界の多神教より

ご先祖様の霊というのが多いようです。

これ、考えてみると簡単なのですが、

仏教は、

「人の宗教」

です。

仏教は教義の中に神を含みません。

いささかこじつけになりますが、

仏教には神が名前につくものはほとんどありません。

「〇〇天」

「〇〇如来」

ね、仏教に神っていないでしょ?

つまり仏教は人の宗教であり、

人の信仰が存在しなければ成立しないんです。

つまり、

どんなに急峻であろうとも

人の通えない場所に寺はありません。

ところが神は違います。

人の存在など関係ありません。

人が存在しようとしまいと神は存在しますし、

人がお参りする前提で神が存在することもありません。

つまり、

「どう考えてもやばい場所はやばいので

神として祀ってみたけれど

やっぱりやばいので朽ちてしまった」

というような場所は無数に存在します。

つまり、

山の中で何かを祀った名残のある場所は、

絶対にやばい場所です。

「山のてっぺんに神社がある」

なぜか?

おそらくこの山崩れやすいんです。

本来は宅地開発してはならない山なんです。

近くの池に朽ちた水神様の祠がある。

これ氾濫するんです。

河川も、川の曲がりのやばいとこには

必ず何らかの祀った痕跡があります。

海岸に鳥居があるのを見たことがあると思います。

これはその場所で何らかの事故が起きやすいことを暗示しています。

ここで話題にしているのは、

「神主さんのいない小さなもの」

です。

明治神宮をやばいとはだれも思いません。

お坊さんが錫杖という杖を持っているのを見たことありませんか?

あれダウジングの道具です。

昔のお坊さんは、信者を集めるために

水脈を探り当てたりそういう技術を持っていました。

ですから当然寺は安全な場所に建てています。

これどういうことかというと、

「避難場所として寺はあるけど神社はない」

ということです。

そこまで考えて避難場所を作る役人はいませんけど…